弁護士ブログ

政策の趣旨

2020.04.21

 政府は住民基本台帳に記載される者に一律10万円の現金給付を行う政策(特別定額給付金)を決定したという報道がありました。しかしその後,「手を挙げた人のみ」給付するということになり,内閣は閣僚全員が10万円の給付を受け取らないと申し合わせたとのことです。同方針は自民党議員にも適用されそうな勢いです。

 この方針で1つ気になったのは,受け取らないのは閣僚,国会議員本人のみということでしょうか。それとも閣僚,国会議員本人のみならず家族全員が受け取らないということでしょうか。

 特別定額給付金は世帯主に給付されます。仮に閣僚本人が世帯主であると仮定して,配偶者と子ども2人の世帯である場合,世帯主に40万円が支給されることになります。閣僚本人のみが辞退するなら,当該世帯には30万円が支給されますが,家族全員が辞退するなら0円ということになります。

 ここで辞退する趣旨が「閣僚は外出自粛要請等によっても生活が苦しくなるということはないから」ということであれば,世帯収入の発想が適用される余地があり,世帯収入の減少がない以上,家族全員が辞退することも筋としてはあり得ることになります。

 これに対して辞退する趣旨が「閣僚個人が給付を受けることは国民の理解を得られないから」ということであれば本人のみの辞退で足りるでしょう。しかしこの場合,国民の理解が得られないような政策を実施したことになり,矛盾挙動の感が否めません。

 いずれにしろ,行動としておかしいことは理解いただけるのではないでしょうか。

 このようなちぐはぐな挙動となった原因は,政策の趣旨について軸足がブレてしまっている点にあるのではないかと思います。

 この政策は,その趣旨について「収入減少の補助(救貧)」なのか,「景気対策」なのかがはっきりしないまま紆余曲折を経ており,その過程で閣僚から「現金給付では貯金されてしまい,投資にまわらない。」という意見が出ました。当該意見の「投資」は広く「消費等」のことを表していると解釈します。この意見によれば,現金給付の趣旨は景気対策に近く,給付された10万円は使われなければなりません。そうであるとすれば閣僚であろうが,国会議員であろうが給付を受けた上で給付金を使い切った方が政策の効果が上がります。したがって前記閣僚の方針は政策と矛盾することになります。

 閣僚の方針から逆算して整合的に考えるのであれば,政策の趣旨は「収入減少の補助」にあると考えるべきであるように思われます。政府はそのような趣旨を明確に示さず,場当たり的に政策決定してしまったように思われます。

 新型コロナウイルス対策全般に見られることですが,政策の趣旨が不明瞭なことが後手後手と評価される一因なのではないでしょうか。

投稿者:河野邦広法律事務所

宣言する者とそれを聞く者(3)

2020.04.16

 令和2年4月7日,日本の7都府県を対象に緊急事態宣言が発令されました。

 緊急事態宣言の会見において首相は,感染者の爆発的な増加を回避できるかについて「すべては皆さんの行動にかかっています。」と述べました。

 発言の真意はわかりませんが,「すべて」という言葉に私は引っかかりを感じました。確かに私が新型コロナウイルス(以下「コロナ」といいます。)に感染するか否かを,すべて私の責任にされ得ることについては納得できなくても特に反論しません。しかし感染拡大について私を含むすべての国民の責任にされることは,首相が前提としているであろう「責任」の意味においては,あり得ないと言い切れます。

 これは現政権の特徴でもありますが,官僚人事を掌握して政策を官邸の恣にしておきながら,やるべきでないことをやり,またはやるべきことをやらないで,失敗すると官僚機構や国民の一部に責任を押しつけてきました。そして今回は全国民に責任を押しつけてきました。そもそも現在の国政の構造上,政策の主導権は政権与党(特に官邸)にあるのですから,その責任も「すべて」政権与党(特に官邸)が負うべきです。

 そもそもコロナの感染拡大が頻繁に報じられるようになったダイアモンドプリンセス号の件を報道機関が一生懸命報道していた時,それを一番軽視していたのは政権与党でした。国会では与党議員が「クルーズ船の感染者数を国内感染者にカウントしている。このような虚偽の報道をする報道機関には罰則が必要だ。」などと,今考えればとんでもなく的外れな発言をしていました。そんなことをしている間に政権与党は対策を講じることができたはずです。国会の議席の3分の2を有していれば憲法上,法案を通すことは難しくありません。議論が必要かもしれませんが,これまでさんざん野党の要求を突っぱねてきた政権与党が緊急事態になってから議論の必要性を殊更に持ち出すことは説得力がありません。したがってコロナの感染拡大について事態を軽視し,対応を怠ったのは立法その他の措置を採らなかった政権与党です。よって感染拡大の責任は政権与党が取るべきです。

 また感染拡大が予想より小さかった場合でも,これだけ対策が後手に回り,責任だけは前もって国民に押しつけるような政権及びこれを支持する与党は責任を負うべき立場にあります。

 もっとも国民の責任の取り方がないわけではありません。間接民主制を採用する日本においては,国民が責任を取るためには主権の行使によるしかありません。つまり今回の危機にあたって怠慢・能力不足を露呈した国会議員を選挙で選ばないこと,それが国民の責任の取り方なのです。

投稿者:河野邦広法律事務所

宣言する者とそれを聞く者(2)

2020.04.08

 緊急事態宣言の会見中,首相は「GDPの2割に当たる事業規模108兆円,世界的にも最大級の経済対策」を実施すると述べました。ネットニュースにも「事業規模108兆円」の勇ましい表題が踊っています。

 ここで考えてみたいのは,なぜ素直に「GDPの2割に当たる108兆円の経済対策」と言わず,「GDPの2割に当たる『事業規模』108兆円,『世界的にも最大級』の経済対策」と言うのでしょうか。「事業規模」という言葉がなければ不正確なのでしょうか。「108兆円」と「の経済対策」を離した理由は何でしょうか。

 NHKの記事によると,経済対策は「事業規模」と「財政支出」の2つで示されます。

 「財政支出」は国の会計からの支出に地方自治体の負担等を加えた総額をいうそうです。

 「事業規模」は「財政支出」に加えて,金融機関による融資や保証の枠,税金や社会保険料の支払猶予,事業に参加する民間企業の支出等も含めた総額をいうそうです。

 つまり国が負担するのは「財政支出」だけなんですね。

 今回の事業規模は108兆円ですが,財政支出は39兆円です。財政支出39兆円には2019年12月に決定した事業規模26兆円の経済対策のうち,今後効果が見込まれる19兆8000億円程度が計上される他,2020年3月までにまとめられた緊急対応策としての事業規模2兆1000億円程度も含まれます。前者は今回の新型コロナウイルスとは直接関係がないようですね。39兆円からこれらを控除すると,新たに決まった「財政支出」は17兆円ということになります。

 そうすると,実質的な国と地方自治体の負担である「財政支出」は17兆円ということになります。これでは「108兆円」という言葉のイメージからかけ離れてしまいます。

 報道では「リーマン超え」のようなニュアンスで報じられています。ここで2020年3月30日付けのニュースによると,リーマンショック時の経済対策は「国費15兆円,事業規模約56兆円」だったそうです。今度は「国費」という言葉が出てきました。先ほどの「財政支出」の定義は「国の支出+地方自治体の負担等」ですから,「国費」が「国の支出」に限る趣旨の可能性もあります。仮に「国費」が「国の支出」という趣旨である場合,リーマンショック時の「財政支出」は「15兆円+地方自治体の負担」ということになります。そうすると今回の新型コロナウイルスに関する財政支出17兆円は,リーマンショック時の財政支出より低い可能性も出てきました。

 もちろん厳しめに見た数字ですので,そうではないかもしれません。しかし言葉を厳密に分析していくと政府の言葉(及び報道)に誤解を招く表現がちりばめられていることがわかるのではないでしょうか。

 報道の側面から言うと,連日報じられていた世界各国の経済対策は上記「事業規模」なのでしょうか,「財政支出」なのでしょうか。この点は政策評価の観点から非常に重要であるにもかかわらず明確に報じられていないように思われます。ここで国(政府)が直接市場に財政支出する場合を「真水で」と表現するそうです。またもや新しい言葉が出てきてしまいました。このように報道に触れる国民は言葉に翻弄されて真相をつかみにくくされてしまうのです。話を戻すと,世界各国の経済対策は「真水」つまり政府が直接市場に財政支出するそうです。したがって日本の経済政策を他国と比較する場合には17兆円(+2兆円)程度ということになります。

 このように政府の言葉を実態に即して理解するためには用語を厳密に理解して分析する必要があります。そして日本の政策と海外の政策とを比較する場合,日本の政策について使用されている用語の意味,その指し示す範囲を海外の政策について使用されている用語と同じものに置き換えなければなりません。国民が政策を適切に評価するためには,このような高度かつ知的な作業が必要なのです。報道はその一助を担うのですが,近時の報道機関にはその能力が欠けてきているように思われます。我々は選挙で主権を行使(憲法15条1項)するために政策を適切に評価する必要があります。そして政策を適切に評価するためには報道を読み取り,分析する必要があるのです。報道機関に全幅の信頼を置くことができない現代にあっては,個人に分析能力を養う教育が必要であると強く思います。

投稿者:河野邦広法律事務所

宣言する者とそれを聞く者(1)

2020.04.07

 本日,首相が緊急事態を宣言しました。

 対象は東京,神奈川,埼玉,千葉,大阪,兵庫,福岡の7都府県です。

 これにより今後は上記7都府県の住民には外出自粛等が強く要請されることになるそうです。

 ここでよく考えると「自粛を強く要請する」ということの意味がわかりません。これはつまり強制されているのではないかと思ってしまいます。しかし特措法には罰則等がないから強制ではないのだそうです。日本,特に現政権はこのようなロジックを繰り返し使用しています。以前も述べましたが,日本国民はこのような理不尽な事態に遭遇しても賢く立ち回ってしまうため,為政者に深刻に受け止められてこなかったように思われます。「賢く」と書くと良い意味に聞こえてしまいますが,悪く言えば「ダイナミズムに欠ける。」「主権の行使を逡巡している。」ということです。もっと厳しい言い方をすれば「主権者として未熟」ということかもしれません。もちろん,これは私にも当てはまります。成熟するためには何十年,何百年を要するかもしれません。世界史と日本史を並行して学ぶとよくわかりますが,日本は欧州と比較して民主政治の歴史が浅く,非常に大きく差をつけられているといっても過言ではありません。欧州では紀元前から民主制が行われているのであり,その差を埋めるには相当の時間と努力が必要になります。

 話を今回の宣言に基づく要請等に移すと,前に述べた「ちぐはぐ感」は続くようです。外出,移動を制限(自粛要請ですが,敢えてこのように書きます。)するのに,公共交通機関は動いています。「埼玉県民は東京都に入らないように」と要請しながら,高崎線も京浜東北線も,埼京線も通常運転です。また事業者に休業を要請しますが,補償の有無や範囲は明確に言いません。「補償するから休業しなさい」と命令された方がまだましかもしれません。この点については国と都で休業を要請する業種に食い違いがあり,都が実施するという4月11日までに間に合うのか,疑問です。また国と都ですり合わせをしていないことが明らかになり,国民を不安にさせる結果となったように思いました。そもそも知事に権限が付与されるとすると,国は都に対してどこまで干渉できるのでしょうか。議論が尽くされているのかも疑問です。そもそも対象地域の自治体の知事に付与される権限についても認識の食い違いがあったら,と考えると恐ろしいです。

 私がもう一つ心配なのは,学校の休校についてです。前記7都府県の学校の開始は早くても5月7日です。これに対して他の自治体については休校しないところもあるでしょう。その場合に生徒間に学習の進度に大きな差が出ます。大人にとってはたかが1か月かもしれませんが,3年間しかない中学,高校生にとっては非常に大きい遅れになります。特に3年生にとっては受験を控えた1年間であり,影響が出ることは必至です。これは浪人生にも当てはまります。さきほど「受験を控えた1年間」と書きましたが,大学受験については1次試験が1月にあるので,受験まで9か月しかないのです。しかも1次試験の実施についても混乱しているため,今年の高校3年生は本当に不幸だと思います。早めに方針を明確に定めなければ努力が水の泡,ということになりかねません。一部の受験生については人生がかかっていると言っても過言ではないので,文部科学省を中心に早急に明確な方針が打ち出されることが望まれます。

投稿者:河野邦広法律事務所

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