弁護士ブログ

宣言する者とそれを聞く者(2)

2020.04.08

 緊急事態宣言の会見中,首相は「GDPの2割に当たる事業規模108兆円,世界的にも最大級の経済対策」を実施すると述べました。ネットニュースにも「事業規模108兆円」の勇ましい表題が踊っています。

 ここで考えてみたいのは,なぜ素直に「GDPの2割に当たる108兆円の経済対策」と言わず,「GDPの2割に当たる『事業規模』108兆円,『世界的にも最大級』の経済対策」と言うのでしょうか。「事業規模」という言葉がなければ不正確なのでしょうか。「108兆円」と「の経済対策」を離した理由は何でしょうか。

 NHKの記事によると,経済対策は「事業規模」と「財政支出」の2つで示されます。

 「財政支出」は国の会計からの支出に地方自治体の負担等を加えた総額をいうそうです。

 「事業規模」は「財政支出」に加えて,金融機関による融資や保証の枠,税金や社会保険料の支払猶予,事業に参加する民間企業の支出等も含めた総額をいうそうです。

 つまり国が負担するのは「財政支出」だけなんですね。

 今回の事業規模は108兆円ですが,財政支出は39兆円です。財政支出39兆円には2019年12月に決定した事業規模26兆円の経済対策のうち,今後効果が見込まれる19兆8000億円程度が計上される他,2020年3月までにまとめられた緊急対応策としての事業規模2兆1000億円程度も含まれます。前者は今回の新型コロナウイルスとは直接関係がないようですね。39兆円からこれらを控除すると,新たに決まった「財政支出」は17兆円ということになります。

 そうすると,実質的な国と地方自治体の負担である「財政支出」は17兆円ということになります。これでは「108兆円」という言葉のイメージからかけ離れてしまいます。

 報道では「リーマン超え」のようなニュアンスで報じられています。ここで2020年3月30日付けのニュースによると,リーマンショック時の経済対策は「国費15兆円,事業規模約56兆円」だったそうです。今度は「国費」という言葉が出てきました。先ほどの「財政支出」の定義は「国の支出+地方自治体の負担等」ですから,「国費」が「国の支出」に限る趣旨の可能性もあります。仮に「国費」が「国の支出」という趣旨である場合,リーマンショック時の「財政支出」は「15兆円+地方自治体の負担」ということになります。そうすると今回の新型コロナウイルスに関する財政支出17兆円は,リーマンショック時の財政支出より低い可能性も出てきました。

 もちろん厳しめに見た数字ですので,そうではないかもしれません。しかし言葉を厳密に分析していくと政府の言葉(及び報道)に誤解を招く表現がちりばめられていることがわかるのではないでしょうか。

 報道の側面から言うと,連日報じられていた世界各国の経済対策は上記「事業規模」なのでしょうか,「財政支出」なのでしょうか。この点は政策評価の観点から非常に重要であるにもかかわらず明確に報じられていないように思われます。ここで国(政府)が直接市場に財政支出する場合を「真水で」と表現するそうです。またもや新しい言葉が出てきてしまいました。このように報道に触れる国民は言葉に翻弄されて真相をつかみにくくされてしまうのです。話を戻すと,世界各国の経済対策は「真水」つまり政府が直接市場に財政支出するそうです。したがって日本の経済政策を他国と比較する場合には17兆円(+2兆円)程度ということになります。

 このように政府の言葉を実態に即して理解するためには用語を厳密に理解して分析する必要があります。そして日本の政策と海外の政策とを比較する場合,日本の政策について使用されている用語の意味,その指し示す範囲を海外の政策について使用されている用語と同じものに置き換えなければなりません。国民が政策を適切に評価するためには,このような高度かつ知的な作業が必要なのです。報道はその一助を担うのですが,近時の報道機関にはその能力が欠けてきているように思われます。我々は選挙で主権を行使(憲法15条1項)するために政策を適切に評価する必要があります。そして政策を適切に評価するためには報道を読み取り,分析する必要があるのです。報道機関に全幅の信頼を置くことができない現代にあっては,個人に分析能力を養う教育が必要であると強く思います。

投稿者:河野邦広法律事務所

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