弁護士ブログ

憲法9条の基礎知識

2022.03.05

 ロシアによるウクライナ侵攻により,憲法9条に関する論争が急激に増えているように思います。

 憲法第9条というと漠然と「戦争を放棄している」「軍隊を持てない(けれど自衛隊は持てる?)」くらいに理解されている方も多いのではないでしょうか。それでも一般的な理解としては充分なのですが,9条の存在意義や改正議論を適格に論じるためには補充が必要です。

 そこで今回は9条の難しい用語を中高生でも理解できるように解説してみたいと思います。

 まずは条文を見てみましょう。

 9条は2つの項で構成されています。

 1項 日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。

 2項 前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。

 下線部の用語を順に説明します。

⑴ 「国権の発動たる戦争」

 「国権の発動たる戦争」は「戦争」と同じ意味とされています。

 では「戦争」とは何でしょうか。

 「戦争」とは,簡単に表現すれば「戦争を始めます」という意思が表明されて(宣戦布告),皆さんが考える戦闘状態が始まることです。一般的には,宣戦布告に伴って戦時国際法規が適用されることになります。

 では国が「戦争を始めます」と言わなければ「戦争」にあたらず,憲法で禁止されないということでしょうか。この点は次の項で述べます。

⑵ 「武力による威嚇又は武力の行使」

 前記⑴の「戦争」と「武力による威嚇又は武力の行使」は異なるのでしょうか。

ア 「武力の行使」

 条文上の順番とは異なりますが,先に「武力の行使」について説明します。

 結論から言うと,「武力の行使」は宣戦布告なしに行われる事実上の戦争を含むとされます。先ほどの「戦争」の定義から,宣戦布告がない場合には「戦争」にはあたらないことになりますが,その場合には「武力の行使」にあたるため,禁止されます。

 日本が歴史上,「武力の行使」をした例としては満州事変や日中戦争があります。

イ 「武力による威嚇」

 「武力による威嚇」がまだ戦争の状態でないことは何となくわかると思います。その上で「武力による威嚇」とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

 「武力による威嚇」とは,「他国に対して,こちらの要求を受け入れなければ,武力に訴えてその主張を通すという意志を示して,その他国を脅かすこと」とされます。

 日本は過去に他国から「武力による威嚇」を受けたことがあり,反対に他国に対して「武力による威嚇」を行ったこともあります。

 日本が「武力による威嚇」を受けた例が「三国干渉」です。「三国干渉」とは1895年4月,フランス,ドイツ,ロシアが日本に対して武力を背景にして遼東半島を返還するよう要求した事件です。

 日本が「武力による威嚇」を行った例が「対華二十一か条要求」です。「対華二十一か条要求」とは,1915年5月,日本が中華民国に対して武力を背景にして21個の要求をした事件です。

⑶ 「陸海空軍その他の戦力」

 「戦力」については,その解釈が最も問題になります。

 「戦力」の意義と自衛隊の存在の相克が現在の9条論争の中心ともいえます。

ア 学説の解釈

 学説は「戦力」について広く解釈するものがほとんどです。

 「戦力」を最も広く解釈すると,「戦争に役立つ可能性のある一切の潜在的能力」となりますが,この場合航空機なども「戦力」にあたることになってしまいます。

 「戦力」についての通説の解釈は「軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊」とします。この場合,自衛隊は「戦力」にあたることになります。

イ 政府の解釈

 これに対して政府は「戦力」について,かなり狭く解釈します。

 政府による公定解釈は,「自衛のための必要最小限度の実力」というものです。

 この定義は具体的にどの程度であれば「戦力」にあたらないかがよくわかりません。この点について政府は「他国に侵略的な脅威を与えるような攻撃的武器は保持できない」と説明しています。この説明を聞いて,皆さんは現在の自衛隊が「戦力」にあたると考えるでしょうか。それともあたらないと考えるでしょうか。

⑷ 「国の交戦権」

 「国の交戦権」の意義については2つの解釈があり,一つは「国家が戦争を行う権利」とし,もう一つは「国家が交戦国として国際法上認められている各種の権利の総体」とします。

 いずれの解釈を採ったにしろ,1項と2項の関係または存在意義の説明が難しいとされているようです。

 以上で憲法第9条の基本的な用語の説明ができました。

 憲法第9条の解釈については,結論として自衛隊を保持することが違憲であるという点では大多数が一致しているようですが,細かい解釈については項を跨いで考えなければならないなど難解な問題が複数存在します。とりあえずは上記のような基本的な意味を押さえた上で,憲法は平和主義を採用していることと,憲法第9条の解釈においても原理・原則から離れないことを意識できれば充分ではないでしょうか。

参考文献:全訂日本国憲法(日本評論社)

投稿者:河野邦広法律事務所

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