弁護士ブログ

簡単な話ではない。

2022.08.04

 中国が弾道ミサイルを9発発射し,うち5発が日本の排他的経済水域に落下したとの報道がありました。中国はそもそも日本の排他的経済水域について争っているので主張が噛み合いませんが,いわゆる有事の様相を呈してきました。

 それにともなって予想どおり,憲法9条では日本を守れないから改正しろ,という意見がネットに溢れ始めました。しかし,このような意見を述べる方は9条を改正すれば中国が引くとでも思っているのでしょうか。答えは明白で,引くわけがありません。中国は軍事大国であるアメリカに対しても強硬な姿勢を示す国であることから,たとえ日本が「9条を改正したので気兼ねなく戦争をすることができます。」と言ったところで,怯む訳がありません。むしろ先制攻撃のおそれを口実に侵攻してくる可能性すらあります。

 外交や戦争は我々が考えているほど簡単な話ではないのです。

 9条を改正するべきであるとの意見を述べる方々は,具体的にどのような改正をして,その結果,日本がどのような状態になるかを考えているか疑問があります。大概は「他国に舐められて悔しいから,威嚇しよう」くらいの考えのように見えます。

 日本国内では9条改正について大きく分けて2つの案に分かれているといえます。1つは(A)戦力保持を正面から認める(自衛隊を明記するも含む)であり,もう1つは(B)現在の9条を改正しないが自衛隊は存置させる,という2つに分けられます。立場を明確にしている党でいうと,自民党がAで,立憲民主党,社民党,共産党がBのようです。その他の野党は明示していませんがAに賛成するようなニュアンスの党が多いように思われます。

 そもそもBは9条が戦力保持を認めないという解釈を採用しながら自衛隊の存置を事実上認める点で問題があり,この点が長年の国防政策の論点であったわけです。このように書くとB論者を責めているように思われるかも知れません。しかし気をつけなければいけないのは,Bの立場は従来の政府解釈つまり長期に渡って政権を担っていた自民党の解釈であるということです。何十年にも渡って自民党は9条が戦力保持を認めていないことを認識しながら,外交,国防政策上の必要に迫られた結果,自衛のための必要最小限の実力という苦しい政府解釈を維持してきました。その自民党が今度は戦力保持を正面から認めようというのですから,自民党は保守政党を捨てて革新政党を目指すということなのでしょうか。

 話が逸れましたが,Bには前記のような問題点があるとして,Aについては問題がないのでしょうか。

 Aに改正した場合,日本は気兼ねなく戦力を保持できるようになります。しかし,だからといって現状から何かが変わるわけではありません。現在でも国防費は増加しており,世界的に見ても国家財政の大きな割合を占めています。この事実はBでも同じであり,Aに改正したからといって変わりません。これに対してAに改正した場合には集団的自衛権の議論が進みやすいという意見があるかもしれません。しかし集団的自衛権についてはその定義や適用範囲といった初歩的な事項から争いがあり,日本が戦力を保有できるようになったからといってスムーズに話が進むものでもありません。結局,Aに改正したからといって何かが大きく変わるわけではないのです。

 むしろAに改正した場合,米軍基地の存在理由に問題が生じてくる可能性があります。つまり,米軍が日本に駐在できる建前上の理由は,日本が本来的に戦力を保持することができず,自衛という限られた局面でしか実力を行使できないことから,米軍が日本を守る必要がある,というものです。しかしAに改正した場合,日本は自前で戦力を保持することができるのですから,米軍に守ってもらう必要性が揺らぎます。それでも現在と同水準の米軍を駐在させることについて政府はどのように説明するのでしょうか。「状況(保持する戦力自体)は変わらないから米軍も減らさない」というのでしょうか。そうだとすると私が先程述べた「改正しても大きくは変わらない」という主張は正しいことになります。変わらないなら改正をする必要があるのか,という疑問が湧くことになり,改正議論にブレーキがかかることになります。このような思考過程から,政府は大手を振ってAを主張することができない状態にあるのではないかと思われます。だからこそ「自衛隊を明記する」という中途半端な改正案になったのではないでしょうか。

 このようにいずれの説にも問題点があり,厳しい表現になりますが,両説とも自己矛盾を起こしてしまっています。そのため国民は矛盾を抱えたままの選択肢を突きつけられ,苦しむことになります。

 いずれの説が正しいとは断定できません。ただ少なくとも言えることは,いずれの説を選択するにしても,日本が戦前・戦後に歩んだ歴史と正面から向き合い,正しい理解に立脚した上での選択になるよう最善が尽くされる必要があるということです。

 有事に乗じて急いで決めることは絶対に避けなければなりません。

 外交や国防の根本事項は有事に急いて決められるほど簡単な話ではないのです。

投稿者:河野邦広法律事務所

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